建設業界には、外の世界で研鑽を積み、意を決して家業に戻った「アトツギ」たちがいる。華やかな経歴を手にし、別の場所で生きる道も選べたはずの人材だ。
だが、彼らがあえて戻った先で向き合うことになったのは、順風満帆な承継劇ではなかった。そこにあったのは、輝かしいキャリアとは正反対の、泥臭く、ときに絶望的ですらある組織の現実だった。
※ここでいう『アトツギ』とは、従来の後継者と異なり、家業をリノベーションするイノベーターを指す。
メガバンク銀行出身の安孫子(あびこ)氏。そして、スーパーゼネコンや建設DXベンチャーを経て家業に戻った湯淺(ゆあさ)氏。異なる背景を持つ二人の「変革者」は、それぞれどのようにして閉塞した組織に風穴を開け、周囲の信頼を勝ち取っていったのか。華やかな肩書ではなく、現場での行動によって自らの立場を築いていった、その軌跡を追う。

ホクシア株式会社 取締役 事業想像・イノベーション推進室長 安孫子 大輝氏
1993年山形市生まれ。東北大学経済学部卒。大学を休学しバンコクへ渡り、設計会社とIT企業で勤務。大学卒業後は三菱UFJ銀行の⻘山支社で法人営業を行う。2018年に家業へ入社し製造から施工までを経験。2020年社名変更を含めたリブランディングを実施し採用応募を100倍へ増やす。2024年中小企業庁主催のアトツギ甲子園で全国ファイナリストに選出。1級建築施工管理技士・宅地建物取引士・インテリアコーディネーター
ホクシア株式会社リクルートサイト:https://hoxia.co.jp/recruit/

有限会社 湯浅鈑金工作所 企画開発室 室長 湯淺 弘明氏
1992年大阪府出身(34歳)、2015年竹中工務店に入社。現場の事務方の責任者として、都内のホテル・マンションなど7現場に配属。その後、本社の法務室にて新規事業・建設DX事業の担当者として従事。(約7年間)2021年助太刀に入社。経営戦略グループにて、5月開催予定の建設業働き方フォーラムの前身となる「建設DX推進と健全化に関する勉強会」を運営。大手ゼネコン向けのエンタープライズセールスチームの立ち上げにともない、同部署のリーダーを務める。(約2年間)
2023年家業の湯浅鈑金工作所に入社。祖父の代から65年続く、ダクト工事会社のアトツギとして家業に戻る。TikTokによる、「SNS × ショート動画」による採用活動に力を入れており、過去3年間で求人に対する応募ゼロの状態から、20歳〜35歳の日本人の若者が約20名/年の応募を獲得するまでにV字回復させる。
有限会社湯浅板金工作所リクルートサイト:https://yuasa-duct.jp/recruit/
エリートキャリアを捨て、カオスの家業へ

「ヒマラヤで360度の絶景を見た時、家業に入ろうと思って帰ったんです」
そう語る安孫子氏は、かつてメガバンクの銀行員として日々決算書を読み、企業の財務を冷静に見つめる仕事に就いていた。安定したキャリアであり、一般的に見れば将来性も高い。
だが、壮大な景色を前にした瞬間、自分の人生を別の方向へ切り替える決断をした。そして、山形にある家業へ戻る道を選んだ。

一方の湯淺氏もまた、誰もが簡単には手放さないキャリアを歩んでいた。スーパーゼネコンの竹中工務店で経験を積み、その後は急成長中の建設DXベンチャー「助太刀」へ。大手建設業と最先端のテクノロジー、その両方を知る立場にいたと言っていい。
「いつかは家業に戻るんだろうなと、運命を受け入れていた」と湯淺氏は振り返る。
もともと、家業に戻るという意識がまったくなかったわけではない。しかし、実際にそのタイミングが訪れた時、心は単純ではなかった。ベンチャーの仕事が面白くなり、手応えも増していた時期だったからだ。外で挑戦を続ける道も、当然あり得た。
それでも、二人の胸に共通してあったのは、外の世界を知ったからこそ抱いた危機感だった。家業を客観的に見たとき、「このままではいけない」という思いが消えなかったのである。戻るという選択は、安易な話ではない。むしろ、あえて困難の中心に身を投じる決断だった。
カップラーメンの音が響く食堂
二人が戻った先で目にしたのは、数字には表れない組織の疲弊だった。
安孫子氏が直面した社内は、異様な緊張感に包まれていたという。「挨拶をする人はいない。事務所も食堂も静まり返り、カップラーメンをすする音だけが響いている。会議では全員が下を向き、罵声や舌打ちが飛び交う……」。
その描写から伝わってくるのは、単に雰囲気が悪いというレベルではない。人が安心して働けず、希望も失いかけている組織の空気だ。
しかも、それは一時的なものではなかった。安孫子氏の入社後、実に25人もの社員が去っていった。人が辞めるという事実は、財務諸表の上では見えにくい。しかし、現場に入れば、その損失の大きさは否応なく実感される。残る人の疲弊、ノウハウの断絶、将来への諦め。そうしたものが積み重なり、組織全体を蝕んでいく。
銀行員時代、安孫子氏は決算書を通じて会社を見ていた。そこには、ある意味で整った数字の世界がある。だが、実際に戻ってみると、目の前にあったのは決算書とはかけ離れた、ボロボロの組織実態だった。
数字は会社の一面しか映さない。人の表情、職場の沈黙、会議室の空気までは、決算書には載っていない。その凄まじいギャップこそが、アトツギとしての最初の試練だった。

朝5時の現場と、ビスの照合
では、「異物」として扱われるアトツギは、どうすれば現場の信頼を得られるのか。二人が選んだのは、立派な肩書でも、正論でもなかった。理屈ではなく、圧倒的な行動だった。
安孫子氏は、職人たちが現場に入る前の朝5時に現場へ向かった。そこで何をしたのか。職人たちの道具を整え、彼らが使っているビスの型番を調べ、ホームセンターの商品と照らし合わせる。そんな地道なことを積み重ねた。そして翌日、さりげなく「あのビス、これですよね」と口にする。そうした細部への理解と気配りが、少しずつ現場の見方を変えていった。

湯淺氏もまた、ゼネコンやベンチャーでのキャリアを誇示することはしなかった。むしろ、新人現場監督だった頃のような熱量で、目の前の仕事に食らいついたという。「一番早く来て、一番遅くまでやる。怒られても食らいつく」。その姿勢は、華やかな経歴よりもはるかに雄弁だった。
大手で培ったプライドを捨て、誰よりも泥にまみれる。その愚直な一歩が、職人たちに「こいつはわかっている」と思わせる鍵になった。アトツギが信頼を得る第一歩は、現場で汗をかき、現場のリアルに自身を染め上げること。その積み重ねの先にしか、本当の意味での発言権は生まれないのだろう。
社内の文化を変える
閉塞した組織を変えるうえで、二人が重視したのが採用だった。組織のアップデートは、新しい「血」を入れることから始まる。既存の空気を変えるには、制度改革だけでは足りない。そこに新しい価値観を持つ人材が流れ込んでこそ、変化は現実のものになる。
湯淺氏はTikTokを活用し、1年で7名の若手採用に成功した。建設業の採用といえば、これまでの常識では人づてが中心だったかもしれない。だが、若い世代の接点はすでに変わっている。そこで出会い方そのものを変えたことが、大きな意味を持った。
@yuasa_bankin 大阪・京都・兵庫を中心に空調設備工事(ダクト工事)を得意とする湯浅鈑金です🛠️✨一緒に働いてくれる社員さん募集中!お気軽にDM・コメントください👷♂️‼️ #建設業#空調設備工事#採用
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さらに湯淺氏は、休日を増やしつつ給与を維持する労働条件の改善にも踏み切った。こうした改革がすぐに歓迎されたわけではない。「給料が下がるのではないか」と不安を抱く古参社員もいたし、変化そのものに反発する声もあった。
長く続いた慣行を変えるとき、最初に生じるのは期待より不信であることも多い。
それでも、実際に若手が入り、職場に活気が生まれ始めると、空気は少しずつ変わっていった。人が増えることで会話が生まれ、前向きな視線が持ち込まれる。新しい人材は単なる労働力ではない。停滞した文化を揺さぶる存在でもある。採用とは、人数を埋める行為ではなく、組織の未来像を更新する行為なのだとわかる。
一方、安孫子氏は自社のリブランディングに注力した。今までなかった自社のHPを作り、社名も「北進木工」から「ホクシア」に変え、制服も新しくした。
こうしたリブランディングを実施した上で採用活動を行い、新たな仲間を迎え入れることに成功した。
採用成功の最も大きな要因は、全国全業種のアトツギが集うピッチイベント『アトツギ甲子園』でファイナリストに選ばれたことだ。
アトツギ甲子園での活躍により、ホクシアの名前が知れ渡り、「ホクシアで働きたい」という応募者を呼び込んだ。
結果、退職した25名以上の社員数を受け入れ、新体制を確立することに成功した。
親という壁
アトツギにとって最大の壁は、現場だけではない。しばしば最も大きな壁になるのが、先代社長である「親」だ。
「新しい提案をしても、基本は全否定。ロジックで説明しても関係ない」と、二人は口を揃える。
外で学び、業界の変化を俯瞰的に見てきたアトツギにとって、それはもどかしい現実だろう。なぜ合理的な提案が通らないのか。なぜ説明しても理解されないのか。だが、そこには単純な善悪や正誤では割り切れない、親子経営特有の力学がある。
二人が見ていたのは、先代の中にある「息子には負けたくない」という無意識の感情だ。経営者として長年会社を背負ってきた人間にとって、次の世代からやり方を否定されることは、単なる意見の違いでは済まない。
それは存在そのものを脅かされるように感じることもあるだろう。だから、ロジックだけでは届かない。
安孫子氏は、リブランディングを巡って、父と2年間の絶縁状態になったという。言い換えれば、それほどまでに根深い対立があったということだ。経営方針の違いは、そのまま親子関係の摩擦にもなる。会社の話をしているはずなのに、いつの間にか親子の感情の問題にすり替わる。親子経営の難しさは、まさにそこにある。
そんな状況の中で、二人が見出した突破口は「事後承諾」だった。
「やってから謝るスタイルです。無許可で求人を出したり、デザインを刷新したりして、先に結果を出してしまう。人が採れたり、外から評価されたりすれば、向こうも認めざるを得ない」。
乱暴に見えるかもしれないが、ロジックが通じないなら、実績で語るしかないということでもある。
言葉で説得するのではなく、動かぬ実績で認めさせていく。それが、親子経営における一種の戦略だった。正しいことを正しい順番で言えば通る、という世界ではない。だからこそ、アトツギには構想力だけでなく、失敗を恐れずにやり切る胆力が求められる。
外部の目に晒す
他にも、両者に共通する点として、「外部の評価」が挙げられる。
安孫子氏はアトツギ甲子園で自社の魅力を訴えることによって、社外のさまざまな有識者からの評価を得た。湯淺氏もまた、Tiktokを活用することで、Tiktok上での再生数や高評価という評価を得ることに成功している。
大手企業であれば毎日のようにプレスリリースを発信し、当たり前のようにメディアでその名前を目にするだろう。しかし、多くの地場の企業においてはそういった機会がなく、客観的に自社を評価することができない。
結果、本来は誇りとすべき自社の魅力に、自分たちが気付けずに、ゆるやかに自信を失ってしまう。
自信の喪失は仕事のやりがいの喪失にも繋がり、組織の温度感を低下させていく。
両氏はそれぞれやり方は違えど、自社を外部の目に晒すことにより、自社の誇れる部分に光を当て、社員をエンカレッジした。
選んだ道を、自らの手で「正解」にする
「あのまま大手やベンチャーに残ればよかった、と思いたくない」
その言葉には、アトツギとして生きる覚悟がにじむ。外の世界に残る道もあった。もっと洗練された環境で、もっと合理的に、もっと評価されやすい場所で働き続けることもできたはずだ。それでも戻った以上、この選択を自分の手で意味あるものにしなければならない。その思いが、二人の挑戦を支えている。
そこには、かつての同僚や同期への対抗心もあるだろう。自分だけが取り残されたとは思いたくない、という感情もあるかもしれない。だが、それ以上に大きいのは、地域産業を守るという使命感だ。建設業は単なる一企業の問題ではない。地域のインフラを支え、雇用を生み、暮らしの土台を支える産業である。その現場が崩れれば、影響は会社の中だけでは収まらない。
建設業のアトツギという道は、決して華やかなものではない。先代が築いた大きな土台を尊重しながらも、それをいったん見直し、再構築していく孤独な戦いだ。過去を否定しすぎてもいけない。かといって、そのまま受け継ぐだけでは未来は開けない。その狭間で悩みながら、一歩ずつ前に進んでいくしかない。
しかし、泥臭い一歩を積み重ねた先にしか、組織のアップデートはない。現場に入り、人の信頼を得て、反発を受けながらも採用や制度を変えていく。その地道な連続の先でしか、会社は本当の意味では変わらない。
自ら選んだこの道を正解にするのは、自分自身だ。二人の挑戦は、今もなお続いている。

この「変革の当事者」二人の生の声を、会場で聴きませんか?
記事に登場した安孫子氏・湯淺氏が、2026年開催の「建設業働き方フォーラム」に登壇決定。 誌面では書ききれなかった、現場再建の裏側や、親子の葛藤を乗り越えた先に見えた景色を、お二人の言葉で直接お届けします。

助太刀タイムズ編集部
助太刀タイムズ編集部
助太刀タイムズ編集部です。 最新のイベントやノウハウだけでなく建設業にかかわる人にとって価値のあるコンテンツをお届けしていきます。

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