
大阪の設備会社が、面接で「爪」を見た理由
「求人を出しても50代しか来ない」「給与条件で他社に負ける」 建設業界の経営者にとって、若手の採用は年々難易度を増しています。
そんな中、大阪府吹田市の阿部住宅設備機器株式会社は、23歳の未経験者の採用に成功しました。 同社が選ばれた決め手は、「高待遇」だったからではありません。採用担当の月岡氏が面接で見せた、ある「ひと手間」が若者の心を掴んだのです。
それは、面接の場で「爪」を確認し、社会人のマナーを説くという行動でした。
なぜ、そんな行動が入社の決め手になったのか。同社の採用事例から、条件競争に陥りがちな中小建設業が、若手人材と信頼関係を築くためのヒントを探ります。
【今回の登場人物】

採用担当:月岡 司雄 氏
営業職を経て、現在は同社の部長としてマネジメント全般を担当。現場の職人文化と若手の価値観のギャップを埋めるべく、柔軟な採用・育成方針を掲げる。

新入社員:渡辺 氏( 23歳)
大阪市在住。大学卒業後、飲食店での勤務を経て転職活動を開始。「昼間に働ける仕事」「大阪府内」を軸に企業を探し、未経験から建設業界へ飛び込んだ。
1. 「できない約束」はしない。正直さが生む信頼
渡辺氏が転職活動を始めたのは2025年の3月、第二新卒という形で転職活動をスタートしました。結果は好調、複数の会社から内定を得ていました。中には「未経験でも月給30万円スタート」という、破格の条件を提示する企業もあったそうです。
人材獲得競争が激化する中、採用活動において自社を良く見せようと背伸びをしたくなるところです。しかし、月岡氏は面接でこう正直に伝えました。
「何も経験のない人間に、うちはそんな高い給料は出せない。それは無理や」
一見、突き放したようにも聞こえますが、月岡氏はこう続けました。 「30万円出すと言っている会社があるなら、そこでどんな仕事を求められるのか、ちゃんと聞いてきた方がいい。実績のない未経験者にそんな額を出すのは、普通のことじゃないから心配だ」
これは自社のデメリットを認めた上で、若者の将来を本気で案じたからこその言葉でした。 この正直な姿勢は、渡辺氏の心に深く残ったようです。当時の第一印象について、渡辺氏はこう振り返ります。
「初めに顔を合わせた時に、『人が温かいな』というのが第一印象でした。 入社する前から色々なことを親身に教えていただいて、ここなら自分も頑張れるかな、と思えたんです」
ネットで情報を集められる現代の若者は、「うまい話」に対して敏感です。着飾った好条件よりも、「不都合な真実も隠さず話してくれる大人」を、彼は信じたのです。
2. 面接を「審査の場」にしない。「教育の場」にする
月岡氏の対応で最も特徴的だったのは、面接を単なる合否判定の場にせず、その場を「教育の機会」に変えた点です。
面接中、月岡氏は候補者の手元を見てこう言いました。
「ちょっと、爪を見せてみろ」
そして、優しく諭しました。 「我々の仕事は、お客様(特に奥様)が在宅されている中でお邪魔する仕事だ。女性は手元の清潔さや、靴下の汚れをすごく見ている。そこを整えるのがプロのマナーやで」
さらに、「今回の転職について、ご両親にはちゃんと相談したんか? 親の意見もしっかり聞きや」と、人生の先輩としてアドバイスを送りました。
一般的に面接といえば、本人のスキルや志望動機を問う場です。しかし月岡氏は、これから社会に出る若者が恥をかかないように、その場で仕事の心構えを教えたのです。
この独特な面接スタイルについて、渡辺氏はこう語っています。
「自分はまだ社会人経験が浅かったので、社会人として知らないことだらけでした。それを面接の段階から教えてもらえたことが大きかったです」
若手が求めているのは、高い給与以上に「未熟な自分を受け入れ、導いてくれる環境」です。面接官という立場を超えて「一人の大人」として接する姿勢が、彼らの不安を解消しました。
3. 「俺たちの若い頃」を禁止する。経営者が現場を変える
採用活動と並行して、月岡氏が注力したのが、社内の受入体制の整備でした。 どれだけ入り口で良い印象を与えても、現場で昔ながらの厳しい指導を受けては、若手はすぐに辞めてしまいます。むしろ、入口とのギャップにショックを受けることもあるでしょう。
そこで月岡氏は、現場のベテラン社員たちに強い号令をかけました。
「自分たちが若い頃にされた教わり方と、真逆をしろ!」
かつて建設現場で当たり前だった「背中を見て盗め」「怒鳴って覚悟を試す」といった指導を禁止し、「丁寧に教えること」を徹底させたのです。「昔のやり方をしたら、今の若手は育たない」と、明確に線引きを行いました。
その想いは、しっかりと新入社員に届いていたようです。実際の現場の雰囲気について、渡辺氏はこう答えています。
「最初は不安があったんですけど、入ったら思っていた以上に人が温かくて。 皆さんが本当によくしてくださったので、不安はすぐに消えました」
「未経験でもいい」と口では言いつつ、現場の教育を職人任せにしてしまうケースは少なくありません。 阿部住宅設備機器では、経営層自らが「今の時代に合わせた育て方」へと舵を切っていたからこそ、定着に繋がっているのです。
「人間味」という、中小企業の最大の武器
阿部住宅設備機器の採用成功事例。そこにあったのは、奇抜なアイデアではありません。
- 嘘をつかずに、現実を話す。
- 面接の場であっても、親身になって教える。
- 「丁寧に育てる」と決めて、現場の意識を変える。
これらは全て、人として、企業として「当たり前」のことかもしれません。しかし、効率や条件が優先されがちな現代の採用市場において、この「当たり前の人間味」こそが、若手の心を動かす最も強い理由になりました。
条件競争で大手に勝つことは難しくても、「一人の人間として向き合う」ことなら、今日からでも実践できます。 「爪は切ったか?」「親に電話したか?」 そんな一言が、どんな好条件よりも、若手にとっての「安心材料」になるかもしれません。

助太刀タイムズ編集部
助太刀タイムズ編集部
助太刀タイムズ編集部です。 最新のイベントやノウハウだけでなく建設業にかかわる人にとって価値のあるコンテンツをお届けしていきます。
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