などという、大それた野望があるわけではない。
だが、もしも自分が携わった仕事が、なんらかの形で歴史に名を刻まれるのならば、是非ともその職に就いてみたいものだ。
そして、この野望を叶えてくれる仕事こそが建設業であり、なかでも現場で働く職人たちは、リアルな声を語り継ぐ権利を与えられし者たちである。
――もしも私が生まれ変わったならば、必ずや建設現場で活躍する職人になるのだ!
地図に残る仕事
私の仕事はデスクワークがメインのため、夏は涼しく冬は暖かい。そんな快適な環境でパソコンとにらめっこをしながら、インターネット空間で形の残らない作業を続けている。
仕事に不満があるわけでも、転職を考えているわけでもない。だが街を歩いていると、ふと目を奪われる光景というものがある。それはビルや家屋、道路などの建設現場だ。
つい先日まで平地の駐車場だった場所が、いつの間にかぐるりとフェンスで囲まれている。さらに地下深くまで掘削し、鉄筋コンクリートでできた極太の杭が打ち込まれている。そしていよいよ、地上部分の躯体工事に取り掛かろうとしていた。
現場周辺は今までと変わらぬ佇まいで、穏やかな時が流れている。しかし建設現場だけは刻一刻と変化を遂げ、あたかも新たな生命が生まれるかのような興奮が漂っている。
(地図に残る仕事って、いいな・・・)
私はその場に立ち止まると、むき出しの鉄骨を見上げながらつぶやいた。
いったい、どれほどの関係者がこのビルの建設に携わっているのだろうか。それぞれの工程でそれぞれの作業員たちが、請け負うべき仕事をこなして次の工程へとバトンタッチする。
そんな「夢の職人リレー」が実現する場所こそが、建設現場なのである。
現場仕事ができるわけでもない私は、彼らの仲間に入りたくても足手まといとなるだろう。だがもしも人手不足で、私でさえも役に立つことがあるならば・・・。
万が一の可能性に賭けた私は、さっそく「とある資格」を取得することにした。
溶接工への第一歩
関東某所。私は、労働安全規則第36条第3号の業務である「アーク溶接機を用いて行う金属の溶接、溶断等の業務」を行うための、「安全衛生特別教育規程第4条に基づく教育」というものを受講しにやって来た。
アーク溶接機を用いて行う金属の溶接や溶断の業務に就く場合、事業者は労働者に対して、この教育をしなければならないという決まりがあるのだ。
無論、私が溶接工としてどこかの会社に雇ってもらう予定はない。だが、あわよくば「伝説の溶接工」として第二の人生を送れたならば、という淡い期待を抱いていた。
この特別教育は、3日間で座学と実技をトータル21時間かけて受講するもの。
睡魔との戦いとなる座学では、アーク溶接に関するさまざまな基礎知識を学ぶ。そして緊張感漂う実技では、アーク溶接装置の取扱いと実作業を覚えるのだ。
ちなみに私はこの講習を受けるにあたり、プロ職人御用達の「ワークマン」へ通い詰めた。
一緒に教育を受ける人たちは、すでに現場で活躍するバリバリの現役作業員ばかりだろう。そんな彼らに笑われないよう、せめて見た目だけでも一流職人ぽい格好で参加するのが礼儀である、と考えたからだ。
何日もかけてワークマンを物色した結果、デニム素材のシャレたつなぎに、コンバース風の安全靴、ヘルメットと溶接面に加えて革のエプロンまで購入した。
こうして、一見「現場女子」になりすました私は、憧れの溶接工になるべく第一歩を踏み出したのである。
現場の現実と理想の壁
受講場所となる某教習所では、アーク溶接の他にもフォークリフトやクレーンの運転、足場の組立て・解体作業、チェーンソーを使った伐木等の業務など、さまざまな特別教育が行われていた。
どの教習も魅力的ゆえ、願わくば全て受講したい。だがまずは、アーク溶接を習得しなければ現場女子としての面目が保てない――。
私は極力、こなれた雰囲気を醸し出しながら、現役職人らと相まみえた。
だがさすがに彼らは身のこなしが違う。そもそも、つなぎの着こなしがサマになっている。安全靴も使用感があり、傷一つないピカピカの新品を履いている私は、完全に素人丸出しだった。
それでも必死に、彼らと肩を並べて溶接作業に没頭した。とはいえ、アークの温度は五千度から二万度といわれる。これほどの超高温は人生初であり、溶接作業の前に恐怖心が先行してしまい、手がすくむ。
「溶接棒をもっと寝かせたほうがいいよ」
指導員から助言をもらうが、かなり怖気づいている私は、なかなか指示に従うことができない。
「ビードが細長くなってるでしょ?移動スピードが速すぎるんだ」
その通りだが、やはり怖くてスピードを緩めることができない。
いったん休憩をしようと溶接面を外し、隣で練習を繰り返す現役職人の鉄板をチラ見した。そこには、私よりもたくさんのミミズが這った跡がある。しかも上から順に、ビードの幅も太さも整いつつある。
(これが、現役の実力というやつか・・・)
興味本位で「溶接工になる!」などとほざいた自分が恥ずかしい。趣味ではなく、仕事としてアーク溶接を必要とする彼らの、真剣な眼差しに圧倒された瞬間だった。
職人魂
私には、「溶接の帝王」と呼ぶに相応しい友人がいる。扱う対象物が訳アリのため、詳細は記せないが、彼の仕事の話を聞くことが私にとっての楽しみでもあった。
「たとえば足場を組んだとき、足場板とアングルとの溶接を見れば、その人の実力がわかるよ」
なるほど。多くの作業員や資材が通過する場所ゆえに、強固に設置できなければ安全性が確保できない。しっかりと溶接できなければ意味がないのだ――。
そう思っていた私にとって、意外な続きが語られた。
「強度は当然だよ。でも、腕の良し悪しは最後にわかる。足場を解体するとき、ビードの綺麗さに加えてスコンッと外すことができたら、『この人は溶接が上手かった』って評価されるだろうね」
足場の強度を保つためにガチガチに溶接すれば、最後の取り外しが困難となる。かといって、足場にかかる荷重に耐えうる溶接をしなければ、作業員たちを危険にさらすこととなる。
つまり、溶接の長さや溶接部の肉厚、溶接の方向などを考慮できるだけの経験と技術力の有無が、足場板で試されるのだ。
これは正に現場におけるリアルな葛藤といえる。殊に建設現場においては、複数の事業者が同時あるいは入れ替わりで作業に入るため、すべての作業員たちが顔を合わせることはない。
それでもひとたび現場に足を踏み入れれば、作業員らの技術力や仕事に取り組む姿勢が一目瞭然となる。たとえ溶接一カ所、釘一本だとしても、そこから伝わる「職人魂」が建設現場で働く人々には宿っているのだ。
さらに友人はこう言った。
「溶接が上手くても、段取りと掃除がきれいにできない奴は半人前だ…って、よく言われたよ」
溶接に限った話ではないが、「段取りと片付けが7割」と言われるほど、実際の作業そのものよりも前後の対処が大切とされる溶接の世界。そしてこれは、現場で行われるからこそ後回しも手抜きもできないのだ。
デスクワーク中心の私にとって、この段取りと片付けの意識は、驚きを通り越して背筋が伸びる思いがした。
納期にしばられない案件だと、「後でやればいいや」「明日でいいや」と、無計画にダラダラと先延ばしをする私。
そんなだらしない人間が建設現場などへ出ようものなら、他の作業員たちに迷惑をかけること間違いなし。延いては怪我や事故にもつながるだろう。
――憧れの溶接工になるには、かなりの鍛練を積む必要がありそうだ。
生まれ変わったら、私は溶接工になる!
建設現場で働くということは、建物なり設備なりが誕生するわけで、これはすなわち「地図に残る仕事」といえる。
そして地図は、道路や建造物がある限りその場所を記し続ける。つまり「歴史に残る仕事に携わった」ということだ。
再び、溶接工である友人が仕事に対する思いを語ってくれた。
「嬉しかったのは、『キミが現場に来てくれて安心した』と言われたときかな。あとは、僕の溶接箇所が手直しの必要なく終了して、現場のみんなに感謝されたり喜ばれたりしたとき。そんなときは、ちょっと誇らしい気持ちになるね」
現場作業という物理的な結果を出す仕事だからこそ、やりがいも喜びもひとしおなのだろう。さらに、仲間との協力があってこそ大きな成果を残せる、という部分も建設現場ならではの魅力といえる。
――よし。生まれ変わったら今度こそ、伝説の溶接工になるぞ!
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文/URABE(ウラベ)
早稲田卒。学生時代は雀荘のアルバイトに精を出しすぎて留年。社会人になり企業という狭いハコに辟易した頃、たまたま社労士試験に合格し独立。現在はライターと社労士を生業とする。URABE社会保険労務士事務所所長。ブラジリアン柔術紫帯。クレー射撃元日本代表。
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