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「無難な進路」を離れ現場へ——地元の設備会社で見つけた誇り

AIが台頭し、多くのホワイトカラーの仕事が代替されると言われる現代。そんな中、あえて「現場」という泥臭くも確かな世界に飛び込み、かつてない自己充足感を手に入れた一人の女性がいる。

埼玉県所沢市に拠点を置く「有限会社石和設備工業」に入社した小澤杏慈(おざわ あんじ)氏。同氏の歩みは、採用難に悩む地場の建設会社にとっても、将来に不安を抱える若者にとっても、一筋の希望となるはずだ。


【プロフィール:小澤 杏慈(Anji Ozawa)】

埼玉県出身。高校時代の進路選択にて、周囲の勧めで理系の道へ。工学院大学先進工学部(機械理工学科)に進学。2025年春、有限会社石和設備工業へ入社。未経験ながら入社前に「1級管工事施工管理技士補」の資格を取得。現在は所沢市内の公共工事現場を中心に、施工管理と現場実務の両面で研鑽を積んでいる。


目次
  1. 「こうあるべき」という閉塞感の中で
  2. 入社前の葛藤と、「覚悟」としての国家資格
  3. 心地よい「現場の日常」
  4. AI時代だからこそ、「手触りのある仕事」に希望がある
  5. 自分らしく、この街のインフラを繋いでいく

「こうあるべき」という閉塞感の中で

かつて小澤氏は、「大学を卒業し、いわゆるホワイトカラーと呼ばれるようなスーツを着てオフィスで働く姿が当たり前の将来」という、世間一般が描く標準的な選択肢の中にいた。

高校時代の文理選択では、自身の得意分野よりも「成績がいいから」という周囲の勧めに従い理系を選択。大学もその延長線上で工学部に進んだ。

しかし、適性と乖離した学び、何のために学んでいるのかが不明瞭な日々の中で、次第に「今の場所に自分がいる理由」が見えなくなっていった。

「自分が何をしているのか、自分でもよくわからない時期でした。人間関係の悩みや将来への不安が膨らんで、私生活や性格にまで影響が出て。大学を中退したら人生が終わる、と過大に思い込んでいたんです」

先が見えない不安。一度は休学という選択肢をとったものの、かつて大好きだった「人と話すこと」さえ嫌いになり、原因不明の体調不良にも見舞われた。そんな彼女を閉塞感から連れ出したのは、他でもない、現場でひたむきに働く実父の存在だった。

入社前の葛藤と、「覚悟」としての国家資格

2025年3月、小澤氏は大学を正式に中退した。しかし、中退したからといってそれで未来が開けるわけではない。

 「これまで信じてきたレールから外れ、何の後ろ盾もない宙ぶらりんな状態になってしまった」。そんな恐怖が小澤氏を襲う。

就職活動も難航し、心身のバランスを崩しながら現実逃避するようにアルバイトに明け暮れる日々。そんな時、実父であり石和設備工業の専務取締役である小澤猛氏が「うちの会社に来ないか」と声をかけた。

小澤氏にとって、父は幼い頃から尊敬するロールモデルだった。 

「父は、ただ淡々と作業をこなすだけでなく『自分はこうありたい』という仕事への向き合い方を、折に触れて話してくれる人でした。現場で周囲の職人さんや役所の方から厚い信頼を寄せられている父の姿は、純粋にかっこいいなと感じていました」

しかし、尊敬する父の職場だからこそ、安易な気持ちでは飛び込めなかった。 「父の娘だからという理由だけで入るのは、あまりに甘えではないか。知らない場所に就職するよりも、ずっと大きな覚悟が必要でした」

小澤氏は数日間、猛烈に悩み抜いた。そして出した答えは、入社前に「1級管工事施工管理技士」の試験に申し込むことだった。

本来、この資格は長年の実務経験を経てようやく受験資格が得られる、業界でも最高峰の国家資格の一つである。しかし、近年の制度改正により、実務経験がなくても第一次検定(学科)の受験が可能となり、合格すれば「1級管工事施工管理技士補」として認められるようになった。

未経験の若者が、入社とほぼ同時にこの難関に挑む。それは、「父の娘」としてではなく「一人の技術者候補」として生きるための、自分自身への、そして周囲への覚悟の証明だった。

結果、小澤氏は第一次検定に見事に合格。「1級管工事施工管理技士補」として、彼女は石和設備工業に入社した。

有限会社 石和設備工業 専務取締役 小澤猛氏(写真右)

心地よい「現場の日常」

地場の設備会社という場所に対して、世間はまだ「厳しい修行」や「荒っぽい世界」というイメージを抱いているかもしれない。しかし、小澤氏が石和設備工業で見つけたのは、もっとシンプルで、もっと人間味のある光景だった。

「できない」と言える安心感と、任される喜び

入社早々、小澤氏は公共工事における膨大な書類作成や、現場での手元(補助作業)を任された。 「最初は、自分に何ができるのか分からなくて、手持ち無沙汰になるのが一番怖かったんです。でも、いざやってみると、5分で終わるはずの作業に15分かかってしまう。そんな時、力不足な自分を隠すのではなく『できないことは、できない』と素直に言える環境がありました」

技術を自慢をするわけでもなく、若手を突き放すわけでもない。できないことを前提として、それでも任せてもらえる。その信頼の積み重ねが、大学時代に失いかけていた彼女の自己肯定感を、少しずつ、けれど確実に再生させていった。

信頼という看板を背負う大人たち

現場で小澤氏が目にしたのは、父や会社の先輩たちが、長年かけて地域で築き上げてきた「信頼」の重みだった。 

「役所の方から『石和さんは本当にしっかりやってくれるね』と声をかけられることがあって。その時、父たちが積み重ねてきた仕事の価値を、自分もその一端として背負っているんだと肌で感じたんです」

現場では、オンとオフの切り替えが徹底されていた。休憩時間は和気あいあいと楽しく過ごすが、仕事になればプロとしてパッと空気が変わる。そのメリハリや、周囲に信頼されている大人たちの姿を間近で見るうちに、彼女の中に「自分もこのチームの一員として、恥じない仕事をしたい」という、地に足のついた責任感が自然に芽生え始めていた。

現場で取り戻した「自分らしさ」

「かつては人間関係に悩み、人と話すことさえ嫌いになっていた時期もありました。けれど今は、現場で職人さんたちとコミュニケーションを取り、一緒に一つのものを作り上げる時間が純粋に楽しいと感じているんです」

そんな彼女には、もう一つ大切にしている価値観がある。

 「建設業界だからといって、服装や身だしなみを『こうあるべき』に寄せすぎる必要はないと感じています。私は、自分なりにお洒落も楽しみながら、可愛く現場に立ちたい。そんな姿で仕事を全うすることで、この業界でも自分らしくいられるんだと証明したいんです」

消火配管から水が噴き出して服が濡れても、管を力一杯ねじ込んで手が汚れても、彼女の表情は晴れやかだ。そこには、誰かに決められた「正解」を演じる必要のない、自由な空気が流れている。

AI時代だからこそ、「手触りのある仕事」に希望がある

今、大学生活や将来のAI化に漠然とした不安を感じている若者にとって、建設現場は、実は最も「人間らしく、クリエイティブな場所」かもしれない。

現場の状況は一つとして同じではない。シールテープを巻き、重い工具を持って管を回し入れる。その「管をねじ込んでいる瞬間が一番楽しい」と小澤氏は笑う。

物理的な抵抗を感じ、それを克服して接続が完了したときの手応え。それは、画面上の数字を操作するだけでは得られない、根源的な達成感だ。

小澤氏は、世間一般で無難とされるレールから離れた。そして、現場での実務と国家資格という「自らの意志で掴み取った武器」を手に入れ、一歩ずつ自分の人生を歩み始めている。

自分らしく、この街のインフラを繋いでいく

石和設備工業で、泥にまみれ、管を回し、着実にステップを登り続ける小澤氏。その姿は、かつて居場所を見失いかけていた彼女とは、もう別の輝きを放っている。

社会が求める理想の形に自分を無理やり当てはめるのではなく、目の前の仕事に誠実に向き合い、職人たちと笑い合う。そんな日々の積み重ねの先に、彼女は「ここが自分の場所だ」という揺るぎない確信を手に入れた。

自らの意志で選び、自分の手で繋ぎ合わせたものが、この街のどこかで誰かの生活を支えている。その手触りのある確かな実感は、どんな言葉よりも彼女を力強く支えているはずだ。

小澤氏のような歩みは、これからの建設業が担うべき「新たな役割」を暗示している。働き方が多様化し、既存のキャリアパスに閉塞感を抱く若者が増える中で、嘘のつけない「現場」という環境は、彼らの情熱や個性をまっすぐに受け止める器になり得るからだ。

若者には、既存のモノサシに縛られない選択肢を。そして企業には、彼らの覚悟を信頼し、共に歩む度量を。石和設備工業のような、個の輝きを尊重する「受け皿」となる会社が地域に増えていくこと。それこそが、建設業界の、ひいてはこれからの日本を支える大きな力になるに違いない。

助太刀タイムズ編集部

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