財産はいくら積み上げたところで盗まれればそれまでだが、知識は誰にも奪われることがない。
要するに学習の大事さを伝える言葉なのだけれども、実のところわれわれにとって学んで役に立つのは、何も知識だけとは限らない。
ひとたび身につければ決して誰にも奪われず、自らの人生を支えてくれる大事なもの……それはすなわち、スキルを身につけること。
より具体的に言えば手に職をつけることもまた、立派な「黄金の壺」なのである。
建設現場で働く人々にとってスキルや経験といったものは、収入や就業機会にダイレクトに影響する。
しかも、それらはホワイトカラーのものに比べ、陳腐化しにくいというメリットがある。
日々の仕事に追われるあまり、つい学ぶことをやめてしまうのは会社員によくある話だが、特に管理職になったとたん、自分で手を動かさなくなる人が多い。
そうしてスキルのアップデートはおろそかになり、気が付けば「働かないおじさん」になっている
ーこのようなケースを筆者は多々目にしてきた。
また、ホワイトカラーではキャリア後期にさしかかり突然会社をリストラされ、転職がうまくいかないといった話をしばしば耳にする。
会社員の場合、その企業の中でしか通用しないスキルに長けた人ほど、世間に放り出された時にとまどってしまうものだ。
それに引きかえ、職人の技はそれを必要とする現場さえあれば、基本どこでも生きてくる。
また、日々の現場で持てる技術を生かすのが仕事であり、足りないものがあれば身につけようというモチベーションが存在する。
さらに言えば、親方になったとしても現場に立つことには変わりなく、腕があればこそ他のワーカーたちもついてくる。
つまり、本人がやる気を持って働く限り、身につけたものが無駄になったり失われたりすることはなく、職人は生涯職人ということだ。
手に職をつけることは先行きの読めない現代日本において、実は堅実な選択肢。
そのような前置きのもと、では実際に建設現場で働くに当たり、いかにして技を磨き、経験を積めばよいのか?
ここでは現役の職人による経験談に耳を傾けつつ、分析を加えてみたい。
職人となった長年の友が語る「一人前」となるために必要なこと
筆者には20代からの付き合いになる親友がいる。
初対面の印象は、明らかにやばい人。でも、付き合っているうちに誰よりも友達を大事にする熱い男であると感じるようになった。
遊ぶ時は無茶苦茶だが、仕事となればキッチリ頭を切り替えて真面目に取り組む。
そういう性格を知っていたので、彼が現場仕事をしていると人づてに聞いた時、きっと親方でもやっているだろうと想像した。
そして今回、話を聞くために久しぶりに電話をしたら、かつての友は思った通り、一人前の職人となっていたのだった。
「今は鍛冶屋って言って、ガス切断とかアーク溶接を使って鉄骨の不整合な部分を直す仕事なんかをやってる。
現場で作業をすることもあるし、親方として施工管理に回ることもある。
基本、ミリ単位まで見ないといけない細かい仕事なんだけど、だからといってダラダラやっていたらコンクリートが入ってきて鉄骨ごと埋まっちゃうわけだから、時間との戦いみたいなところはあるね」
彼が語る建設現場の仕事をなりわいとするための方法は、至ってシンプル。
だが、実体験に裏打ちされたものだけに、聞くほどに深みがある。
「これから始める人にまず言いたいのは、稼げるようになりたいならまず信頼を得られるように頑張れってことだね。
普通、信頼ってどうやって得るのかっていうと、これはどの業界でも言えることだと思うけど途中で投げ出さないこと。
誰だって最初は見習いなんだから、分からないことやできないことは当然ある。
それで注意されるけど、知らないことを怒られるのは当たり前なんだから、そこでくじけたらダメ。
そうじゃなく、『どうすればできるようになるか』って考えて、先輩の仕事を見て覚えるなり、教えてもらうなりして欲しい。
それをせずに尻尾巻いて逃げていたら、いつまで経っても単価のいい仕事は回ってこないし、現場を転々とすることになる。
やるべきことは単純で、自分の持ち場でできることをコツコツ続けて最後までやりきる、まずはそこからだね。
そうすれば信頼されていい現場に呼ばれるようになったり、親身になってくれる人にも出会えたりするもんだよ」
さらに、職人として稼げるようになるために必要なものとして彼が挙げたのは責任感、そして聞く耳を持つことだ。
「自分は施工管理もやっているんだけど、それってみんなにちゃんと仕事を回して、健康管理に気を使って、絶対にケガをさせないようにって、いろんな責任を抱える立場なのね。
そんな中で、いい加減な仕事をして本人がケガをしたり、他のワーカーまで巻き込むような事故を起こしたりする人がいると、本気で困る。
現場に入る以上、最低限自分の行動には責任を持ってもらいたいし、人の話をちゃんと聞く耳を持って欲しい。
というか、それを身につけるのが仕事で稼げるようになるための第一歩だと思った方がいい。
例えば、自分は職人の会話って宝物だと思ってるんだけど、上手くなりたかったら職人同士の会話に聞き耳を立てて、こっそり学ぶといい。
それに、聞く耳があれば教えてくれる人がいた時に、ちゃんと身につく。
あと、責任感があれば仕事で何が求められているか自分で考えるようになるし、必要なスキルとか資格も自分から積極的に取ろうって思えるよね」
稼ぐためにしっかり持ちたい目的意識
そういう彼自身も業界に入りたての頃は当然ながら見習いからのスタートだったわけだが、日々働く中で資格を取り続け、現在持っているのは20余り。
むろん、それらがあるとないとでは呼ばれる仕事の幅が違うし、収入も変わってくる。
「塗装屋なら高所作業車、危険物取扱、有機溶剤作業主任者、それに塗装技能師っていう風に、絶対持っておいた方がいい資格がある。
一番いいのは資格を取らせてくれる会社に入ることだけど、自腹でも十分価値はあると思う。
というか、必要な資格がないといつまで経っても上に行けないんだよ。
例えばサンダーっていう工具があるんだけど、その石を交換するのにも資格があって、現場でサンダーを使うなら持っていないと話にならない。
何をどの順番、タイミングで取るべきか迷うようならアドバイスしてくれる人を見つけるといい。
1年目にはこれとこれって計画を立てて、意識して取るのが大事。
この仕事はやっぱり人と人とのつながりだから、親身になって教えてくれる先輩とか親方は、ちゃんと見つけておいた方がいいよ」
とは言え、仕事を始めたばかりで右も左も分からない間は、人を見極めるのも簡単ではない。
これもまた、あらゆる業種に共通して言えること。
ブルーカラーなら親方や職長、ホワイトカラーであれば上司だろうが、いずれの業種でもさまざまなタイプがおり、全ての人が適切な助言をしてくれるとは限らない。
筆者自身、過去には「相手の言っていることの全て逆をやるべきだった」と思えるような、とんでもない上司に当たったこともある。
人を見る目も仕事のスキル同様、経験によって養われるものなのである。
そこで彼に聞いた。
アドバイスを求めるに足る、信頼すべき親方とは?
「この業界でずっと働いてきて思うのは、『さっさと仕事を覚えて独立しろ!』って言う人は、本気でこっちのことを思ってくれていると考えていいってことかな。
自分の場合、それなりに頑張ったつもりだし、人に恵まれたこともあって、3年で親方になれた。
でも、実際には5年とか、せめて10年以内には独立っていうのがひとつのラインじゃないかな。
この仕事で本当に稼ごうと思ったら、とにかくしっかり腕を磨いて、仕事を任されるようになって……ってステップを踏んでいって、最終的に独立することなんだよね。
その目標をしっかり持てっていうのは、アドバイスとしては真を突いていると思う。
目指すものがあれば仕事って頑張れるし、一歩一歩上がっていく面白みも分かってくる。
稼ぎたいならとにかく前向きに、本気でやってみることだね。
この仕事は、それだけの価値があると俺は思うよ」
まとめ
以上の話を筆者なりにまとめれば、結局目的意識を持って仕事をすることがモチベーションにつながり、働く楽しさや喜びを感じられるだけでなく、お金に近づける方法ということだろう。
筆者の考えを述べると、ここまでの話で彼が挙げた重要なポイント、すなわち途中で投げ出さない、責任感を持つ、人の話を聞くといったことは、無茶な要求では決してない。
むしろ社会人として生きていく以上、どの職場でも求められる意識であり、その意味では彼が言っているのはごくごく当たり前の内容ではある。
だが、自戒の意を込めて言えば、その当たり前のことをちゃんとできていない人が、社会を見渡すと新人だけでなく長年働いているベテランの人、さらには責任ある立場の方の中にも普通にいる。
彼が語ったことを、最初から全てできるようになるべしとまでは、筆者は言わない。
何しろ自分自身とて、他者に誇れるほどちゃんとしているとは思えないからだ。
だが、責任感を持って仕事をしよう、人の話には耳を傾けようといった意識を持つことは、ぜひ心がけていただきたい。
その気持ちさえあれば、仕事の中で己が磨かれ、いずれは大成すると自分は信じている。
いずれにせよ、汗を流して身に付けた職人の経験とスキルは、あなたを決して裏切らない。
最後の最後に笑うのは、手に職を持つ者なのである……!
文/御堂筋あかり
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