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「協力会社との最初の面談で、どんな質問をしますか?」
多くの経営者が、実績や技術力、単価といった実践的な問いを思い浮かべるかもしれません。しかし、都内で解体工事業を営む株式会社吉澤工業の𠮷澤社長の答えは少し異なります。
「スキルや経験の話は、ほとんどしませんね」
なぜ𠮷澤氏はそのように語るのか。即戦力を求めるのが当たり前とされる中で、独自の基準でパートナーを選び、関係を築く。その仕事への向き合い方に迫ります。
今回お話を伺った企業
会社名: 株式会社吉澤工業
設立: 2014年法人化
事業内容: 鳶・土工、解体事業を主軸に、都内全域および関東近郊で事業を展開。特に駅施設やオフィスビルなど大規模建物の改修工事に伴う解体を得意とする。
2025年「助太刀百名社 助太刀部門」ノミネート企業。
https://suke-dachi.jp/hyakumeisha/
代表取締役 𠮷澤 誉朗 氏
15歳で建設業界に入り、複数の会社で経験を積んだ後、独立。26年以上の豊富な現場経験と「できないと言わない」を信条とする提案力を武器に、会社を成長させてきました。
「できないと言わない」その考え方の原点
𠮷澤氏がこの業界に足を踏み入れたのは、15歳の時でした。
「高校を辞めて、とにかく手っ取り早く稼げる仕事を探していました。たまたま求人雑誌『ガテン』で一番日給が高い会社が建設業の会社だったので、すぐに電話して決めたんです」
特別な志があったわけではない、と𠮷澤氏は笑います。しかし、そこから職人としての人生が始まりました。
さまざまな立場で26年以上にわたり建設業界に携わった経験が、𠮷澤氏の現在の仕事のやり方に影響を与えています。そんな𠮷澤氏が一貫して大切にしているのが、「できないと言わない」という姿勢です。
「一人で仕事をしていた頃は、仕事を断れば次はない。だから、どうすればできるかだけを考えてお客様に提案するしかなかったんです。その積み重ねですね。」
2014年、会社を法人化し、20名ほどの従業員を抱える経営者となった今も、この考えは会社の文化として根付いています。
「例えば難しいご依頼をいただいた時に、最初から『できない』と諦めてしまえば、会社として成長の機会を失ってしまいます。もちろん、安全性を欠くような無理な仕事は受けません。ただ、どうすればお客様の期待に応えられるかをチーム一丸となって考える。その姿勢が、私たちの強みであり、会社を前に進める力になっていると思います。」
採用と育成、その最適なバランスを求めて
多くの経営者と同様、𠮷澤氏も常に組織の成長と人材について考えています。その中で、一つの大きな判断に至りました。
「もちろん、良い人材がいれば正社員採用をしたいという気持ちは常にあります。しかし、多くの中小企業と同じく、理想の人材と出会うのは簡単ではありません。」
「そこで、事業を拡大していくために協力会社とのパートナーシップを深めることにも注力しています。」
これは採用を諦めているのではありません。会社の成長のため、正社員採用と協力会社との連携強化という二つの軸のバランスをどうとるか。
吉澤氏は、その答えとして、育成や関係構築という側面に、これまで以上に力を入れることにしました。特に、時間やコストがかかる採用活動と並行して、長い目で会社の力となってくれるパートナーを増やすこと。それが、𠮷澤氏の今の取り組みです。
長く付き合える会社の見極め方 ― 3つの着眼点
では、「育てる」ことも視野に入れた未来のパートナーを、𠮷澤氏はどのように見極めているのでしょうか。
吉澤工業では協力会社に依頼する前に必ず面談をするようにしています。
「スキルは後からで構わない」と語る𠮷澤氏には、面談時に見るべき3つの着眼点があります。
時間通りに来るという基本的な信頼性
「面談で一番重視しているポイントは、単純ですが『時間通りに来るかどうか』です。時間を守れないようでは、現場に来ていただくことにも不安があります。話の内容より、まずはここです。」
スキルや実績以前に、ビジネスパートナーとしての信頼関係を築く上で、社会人としての基本姿勢が第一歩だと考えています。
スキル以上に重視する、正直さと将来性
「技術はあとから身に付けることができます。それよりも、その会社の代表が、この建設業という仕事にどう向き合い、どんな会社にしていきたいかという、人柄やビジョンを大切にしています。
「『うちはまだ若い子が多くて技術はないかもしれません』と、正直に話してくれる会社ほど信頼できます」
𠮷澤氏は常に10年先を意識しています。「今、十分なスキルがなくても、将来うちでたくさん仕事をしてくれる会社になるかもしれない。その可能性の芽を、今の能力だけで判断して摘みたくないと思っています」と語ります。
法人格や許可の有無など、ビジネスの前提となる実務的条件
もちろん、ビジネスとして成立できるかどうかの確認も欠かせません。法人化しているか、建設業の許可を持っているか、支払いサイクルはどうするかなど、実務的なすり合わせはパートナーシップの最低限のルールとして面談時に必ず確認しています。
「育てる」ことの現在地
こうした方針に舵を切り、出会いの機会を増やした結果、安定して稼働してくれる協力会社は6社ほど増えました。
結果、自社の売上が一定の水準を下回ることがなくなり、健全な経営基盤を築くことができました。
また、協力会社探しに奔走する手間や、精神的なストレスから解放されたことも大きな成果の一つです。
しかし、𠮷澤氏は現状に満足してはいません。理想と現実の両方を、冷静に見つめています。
「正直に言うと、協力会社が増えたことで、社内スタッフの負担は実感として大きくなっています。協力会社の技術キャッチアップに時間がかかるため、その分、社内スタッフの負荷が一時的に大きくなっているのが今の状況です。」
そして、こう続けます。
「だから、今はまだ本当の意味で『良い影響があった』とは言えません。新しく来てくれた人たちが成長し、スタッフが現場をスムーズに運営できるようになったときに初めて、その成果を実感できるのだと思います。まさに今は、その途中段階にあります。この状況をより良いものにできるかどうかは、これからの私たち次第です。」
育成とは、きれいごとではなく、時に苦労も伴うプロセスだと𠮷澤氏は語ります。それでもこの道を選ぶのは、その先に本当の意味での“働きやすさ”を見据えているからです。
𠮷澤氏の取り組みは、「人を大切にする」という考え方に根ざしています。その姿勢は、長年の現場経験で育まれた信念と、会社の未来を見据えた経営方針、そして共に働く仲間への思いやりにつながっています。
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