TOP インタビュー 協力会社ゼロから「300人経済圏」へ――一人の経営者が築いた、人が集まり続ける“信頼の共同体”

協力会社ゼロから「300人経済圏」へ――一人の経営者が築いた、人が集まり続ける“信頼の共同体”

2025年10月20日更新

記事をシェアする

なぜゼロからのスタートを選んだのか

首都圏を中心にシール・防水工事などを手掛ける株式会社昇美。同社代表の千葉敏信氏が築き上げた協力会社との関係は、業界内でも特異なものとなっている。

創業時の協力会社はゼロ。そこからわずか数年で、70社以上が直接関わり、総勢300人規模の「経済圏」とも呼べるネットワークを築き上げた。 

しかし、このネットワークは、最初から壮大な計画のもとに作られたわけではない。それは、一人の経営者が試行錯誤を重ねる中でたどり着いた、独自の仕事のスタイルである。

その出発点は、「既存の枠組みに捉われず、純粋な信頼で繋がる関係性を築きたい」という思いだった。千葉氏は旧来のやり方に固執せず、新しい出会いや関係性の作り方を模索し続けた。

その過程で生まれた一つ一つの行動が、やがて有機的に結びつき、独自のシステムを形成していったのだ。本稿では、その試行錯誤の末に築かれた千葉氏の仕事の進め方を紹介する。

会社情報

株式会社昇美 

シール工事や防水工事を中心に、大規模修繕工事なども手掛ける。東京都を拠点に、長年の経験で培われた専門知識と高い技術力を活かし、雨漏りや外壁の劣化といった問題から建物を守っている。


千葉 敏信 氏 
株式会社昇美 代表取締役。独立後は、助太刀を駆使して独自の協力会社ネットワークを構築。SNSも積極的に活用し、新しい形の建設業を追求している。

「仕事」と「人」、二つの車輪を回す

建設業、特に一人で始めた事業においては、常に二つの課題がつきまとう。「仕事(案件)」と「人(協力会社)」だ。協力会社がいても仕事がなければ意味がなく、仕事があっても頼める協力会社がいなければ事業は回らない。

千葉氏が築いた仕組みの根幹は、この二つの車輪を、いかにして力強く回し続けるかという点にある。

まず、千葉氏は一つ目の車輪である「仕事」を安定させるため、アプローチを根本から見直した。かつて試みた、自ら新規開拓に奔走するスタイルでは、安定的な仕事の確保は難しい。そこで千葉氏は、評判を軸に、自然と仕事が集まる仕組み作りへと舵を切った。

目の前の現場一つひとつに誠実に向き合い、「昇美に頼めば、きちんと仕事を納めてくれる」という信頼を元請けとの間に着実に築き上げていく。その結果、「仕事が途切れない」という安定した状況を作り出すことに成功した。

この「仕事が常にある」という状態こそが、二つ目の車輪である「人」を回す、最大の動力となった。

独立した職人や小規模な事業者にとって、最も避けたいのは仕事がない期間が生まれることだ。「昇美に行けば、安定して仕事がある」という評判は、彼らにとって安心材料であり、魅力的に映る。

かつては探し回らなければ見つからなかったパートナーたちが、「何か仕事はありませんか?」と、自ら連絡するようになったのだ。

豊富な「仕事」が、「人」を呼び、その豊富な「人」の存在が、さらに多くの、そして大規模な「仕事」の受注を可能にする――。

千葉氏は、この二つの車輪を同時に回し、互いを加速させる好循環を生み出すことで、事業を急成長させたのである。

もちろん、誰でも受け入れるわけではない。問い合わせてきた協力会社に対し、千葉氏は「1時間の面談」という場を設ける。100人以上と会う中で培われた経験に基づく評価スキルを駆使し、相手に問いかける。

「これまでどのような経歴でやってきたのかをざっくり聞いたり、『趣味は何ですか?』『将来、何か目指していることや夢はありますか?』といった質問をして、何気ない雑談から将来の目標まで幅広く聞いています。」

技術や単価といった要件の奥にある、人間性という事業の根幹をなす要素を見極める。この厳格な選考が、ネットワーク全体の質を高い水準で維持している。 

やがて、その評判は直接の繋がりを超えて広がり始める。直接の取引先ではない異業種の業者までもが、「知り合いの職人が困っているから」と自発的に事業者を紹介してくるようになったのだ。

 千葉氏の積み上げた評判は、自身の手を離れ、新たな人材を呼び込むようになっていた。

経済圏の発展について語る千葉氏

ネットワークを、自立発展する「経済圏」へ

人を集めること以上に難しいのは、その関係性を維持し、発展させることだ。千葉氏のネットワークは、人材が循環し、成長する「経済圏」として機能している。

 千葉氏は、単に仕事を発注するだけの存在ではない。独立して間もない事業者には、請求書のテンプレート提供や資金繰りのアドバイスなど、経営面でのサポートも行っている。 

さらに、付き合いのある会社が人手不足に陥れば、他の会社を紹介し、施工規模の拡大も支援する。これは、単価という物差しでは測れない、極めて強力な付加価値だ。

 そして、その経済圏の最大の特徴は、千葉氏が「管理者」ではなく「橋渡し」としての役割に徹していることだ。事業者同士を紹介した後は、「仲良くなって都合が良かったらどんどん一緒に仕事しなよ」と、当事者間の自由な関係構築を促す。 

千葉氏自身が全ての中心に立ち続けるのではなく、ネットワーク内で自律的な繋がりが生まれることを重視している。 その結果、千葉氏が育てた人材が、また新たな事業者とチームを組むといった発展が始まる。

こうして、千葉氏の影響力は直接のパートナーを超え、従業員を含む300人規模の「経済圏」へと広がっていった。

常に変わり続けることが、経営者としての資質

この経済圏は、一度作って終わりではない。千葉氏自身の絶え間ない進化によって維持・発展している。

千葉氏は、業界に先駆けて、新しいツールを積極的に経営に取り入れている。ChatGPTやCanvaのような最新のITツールを積極的に試し、その効果を自ら検証している。

また、SNSや助太刀のようなプラットフォームの仕組みを直感的に理解し、「育てるべきデジタル資産」として初期から投資を行ってきた。 

加えて、千葉氏は優れた「ナレッジマネージャー」の側面を持っている。ベテラン職人が持つ感覚的な知見を動画化し、誰もが学べる知識としてコミュニティ全体の資産に変換・共有しているのだ。これにより、経済圏全体の技術レベルが底上げされていく。 

そして何より、千葉氏は失敗を恐れない。一時的に売上が落ちた経験や施策の失敗についても、包み隠さず語る。 だが、それは千葉氏にとって後退ではない。事業で得た利益を自身の給与に還元せず、そのまま次のチャレンジへと再投資し続ける。失敗もまた、次のチャレンジの成功確率を高める糧としている。

この「チャレンジと学習のサイクル」こそが、自身と、自身が築いたネットワークを進化させ続ける最大のエンジンなのである。

模倣できない、最大の資産

千葉氏の仕事の進め方を紐解いていくと、そこに単一の「必勝法」のようなものは見当たらない。

あるのは、初対面の相手と1時間かけて向き合う姿勢。自社の利益に直結しなくても、事業者同士を繋げる行動。そして、経営ノウハウを共有する支援の精神だ。 

これら一つ一つの地道な行動の積み重ねが、結果として、他に類を見ない強固な「事業共同体」を築き上げた。その共同体こそが、今の株式会社昇美を支える最大の資産であり、どんな市況にも揺るがない競争力の源泉となっている。